秩父札所巡り21番「要光山・観音寺」宝篋印塔がある珍しい札所である

観音寺入り口からの風景

「秩父三十四観音霊場」札所巡り!

札所21番は、要光山(ようこうざん)・観音寺(かんのんじ)です。

観音寺は通称「矢之堂」と呼ばれており、その由来は諸説あるそうだ。そして見逃してはいけないのが、秩父では珍しい宝篋印塔である。

まずは御朱印の朱印と墨書きの意味からご紹介していきます。

秩父札所21番「観音寺」の御朱印

いただいた御朱印は、こちらです。

観音寺の御朱印
朱印の意味(右から)

秩父第二十一番印・佛法僧寶(宝印)・要光山矢之堂印・記帳年月日(黒印)

墨書きの意味(右から)

矢之堂・正観世音・観音寺

観音寺は通称「矢之堂」と称されており、その由来は諸説ある。

  • 日本武尊が東征の時、矢を納めて社を建てたから
  • 平将門の矢を納めたから
  • 秩父郡神泉村(矢納村)にあったお堂を移したから(「矢納」が「矢之」に転化)
  • 行基菩薩がこの地(八幡宮の社地)聖観音を祀ろうとしたとき、悪鬼たちが邪魔をした。それを八幡神が神矢を放ち退散させたから

秩父札所21番「観音寺」について

本堂は大正12年(1923年)近くの小学校の火災で類焼した。その後倉尾村(現在の小鹿野町)で廃寺になった建物を買い取り移築したのが現在の本堂である。

御本尊は行基菩薩作とされる聖観世音である。火災の時は難を逃れ持ち出されており「火除けの観音様」とよばれていたる。その他いくつかの仏像も安置されているそうだ。

観音堂の左側にある立派な納経所は平成9年に建立された。

秩父札所21番「観音寺」境内の様子

境内は広くないのですが知っておきたいポイントをご紹介していきます。

宝篋印塔(ほうきょういんとう)とお地蔵様

境内にある宝篋印塔とお地蔵様たちの風景
境内入り口にある六地蔵の風景

宝暦14年(1764年)に建立された歴史的に価値がある宝篋印塔(ほうきょういんとう)があり、秩父で見かけるのは珍しいそうです。

宝篋印塔とは?

仏塔の一種のことで、宝篋印陀羅尼(ほうきょういんだらに)という経を納めた塔の事だが、現在は主に供養塔として建てられている事が多い。

その他境内には、聖観世音石像や百萬遍念仏塔、弁財天石塔、芭蕉句碑など多くの石造があります。

お地蔵様もたくさんあり、六地蔵は境内入り口に並び出迎えてくれていますよ。

八幡宮

大きな木と八幡宮の風景

境内の右側にありますが、何でしょうかこの大きな木は?この大きな木の奥に八幡宮があります。

観音霊験記(かんのんれいげんき)

観音寺の観音霊験記

観音堂正面左側にあります。

八幡宮の社地であったが、神託により行基菩薩の刻んだ聖観音像を安置し霊場とした。武将の矢が納められたところ、火難に強いといわれる。と記されている。錦絵は、悪鬼たちを八幡神が神矢を放ち退散させているところである。

邪神悪魔を除き仏地にせんと八幡大菩薩の放った神矢がここに落ち、悪魔が退散したため矢之堂(矢の堂)と名づけたという縁起がある。

秩父札所21番「観音寺」基本情報とアクセス

住所:埼玉県秩父市寺尾2354
お問い合わせ先:0494-24-7263
本尊:聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)
宗派:真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)

御詠歌

あづさゆみ いるやのだうに まふできて ねがひしのりに あたるうれしさ

電車の場合
西武鉄道「西武秩父駅」より西武バス小鹿野車庫行「尾田蒔学校」下車徒歩約7分
秩父鉄道「大野原駅」より徒歩約30分

秩父札所20番からは、徒歩約10分といわれています。

最後に

県道沿いにあり境内は広くないのに広々と感じられる中に立派な観音堂がある。

寺歴などを記した物は火災の為に焼失し詳細を知る事は出来ないそうだ。そのため縁起(由来)が諸説ある札所である。